ありがとう金森くん

氷コアと金森くんと記念写真


「どんなふうにびっくりしたかは、後ほど」と書いて、
1週間以上たってしまいました。すいません。

さて、極低温体験とはどんなものだったかを、お伝えします。

7月16日の午後、CoSTEP1期修了生にして、
4期、もう一度受講中の金森さんが、北大低温科学研究所内を案内してくれました。

北海道大学の低温科学研究所は、雪や氷、低温環境で生きる生物の研究施設として、日本だけでなく、世界中を見渡しても、非常に貴重な施設です。

日本には、低温環境を持つ研究所が、北大のほかには、東京の国立極地研究所と京都の総合地球環境学研究所の2カ所しかありません。大学で低温室を持っているのは北大だけ。

さらに、北大の低温室は、−50度の保存室があり、これは、世界でも北大にしかないものなのだそうです。

すごーーい!!  でしょ?


その貴重な低温室に入れていただきました。

まず、入り口で目についたのは、「酸素ボンベ」。
「ここを訪れた人で、これに注目する人は珍しい」と言われましたが、私の頭には、2年前、ハワイ島マウナケア山頂海抜4000メートルにある「すばる望遠鏡」を見せたいただいたときに、頭がぐるぐる回って酸素吸入したときのことがよみがえりました。

研究者は、時に、常人には耐えられないような過酷な環境で仕事をしています。これから潜入する極低温環境とはどんなところなのか、札幌の氷点下の冬にすっかり慣れた私も、酸素ボンベを見てドキドキしてしまいました。

低温室は、まず、入り口のところに、マイナス10度の予備の部屋があります。ここに入って、扉を閉めて、低温室に高温の外気が入らないようにします。


ここは、余裕です。札幌の冬は、時にマイナス10度を下回ることがあります。

次に、氷を観察する、マイナス22度の部屋に入りました。したからライトを当てて、氷を観察できるようなテーブルがあります。氷は長さ6,70センチの角柱か円柱状で、ビニール袋に入れて保存されています。氷コアと言って、1年中雪が溶けないようなところで積もった雪が長い年月の間に、上に積もる雪の重みで押し固められて氷になったものです。


このようにしてできた氷には、雪が降った当時の空気やホコリなどが含まれており、その当時の気候を知ることができる貴重な資料です。この氷を採りに、研究者は、一年中氷が溶けない高い山や、南極に出かけていっているのです。


低温室に入るために、防寒具を貸していただいたので、マイナス22度はたいして寒くありませんでした。厚めの軍手をはめている手の先が少しかじかむ程度で、体躯の部分は温かです。しかし、顔の表面が少しずつヒリヒリしてきました。特に鼻の頭。

ここで、氷コアを年代順にいくつか見せてもらいました。新しいものは、雪がまだギュッと固まっていなくて、白く濁った氷です。古くなるに従って、透明な氷になっていきます。


次に、いよいよ、日本が南極で深さ3000メートルまで掘ってとってきた「ドームふじ」の氷がしまってある−50度の低温室に入れてもらいました。

興奮して、矢継ぎばやに金森くんに質問を浴びせかけたら、「あまり勢いよく息を吸い込まないでください」と言われちゃいました。そうなんです。−50度の空気が一気に肺まで入ったら、肺を痛めてしまいます。そう考えたら、急に息をするのが怖くなりました。

氷の奥底から掘り出した氷コアは、かご状の水分子のなかに空気の粒が入っているクラスレートハイドレートと呼ばれる結晶構造になっています。

ドームふじがある場所は、年平均気温が−50度なのだそうです。−50度の環境で採ってきたものは、−20度でも、温かくなるとクラスハイドレートの状態が変化してしまうのだそうです。地上に上げられて、圧力がかからなくなると、それだけでも変化してしまいますが、−50度で保存すれば、変化のスピードをゆっくりにすることができます。


しかし、寒い。防寒具の手の先がしびれて痛くなってきます。顔のヒリヒリはますますきつくなってきて、これ以上ここにいたら本当に自分があるときパキンと凍ってしまうんじゃないかという気になります。

ドームふじで氷を掘削した人たちは、こんな環境の中でお仕事を続けているのか。私にはできない!

南極に行ってみたーいなどと軽々しく言っていたことを反省しました。


−22度と−50度の部屋で小一時間を過ごし、外界に戻ってきたときは、さわやかなはずの札幌の空気も、暖かく湿ったアジアンモンスーンのように感じました。
その日の午後は、体の中の方が、暑いんだか寒いんだかわからなくなって混乱しているような感じがずっと続きました。

金森くんは2005年にCoSTEP1期を受講しました。その頃から今まで、北大病院の院内学級に行って、病気と闘っている小・中学生に自分の研究を紹介する活動を続けています。


今回、この記事を書くにあたって、あらためて、なぜそんなことを続けているのか聞いてみました。
彼の答えはこうでした。


「研究というのは、たいそうなお金を使わせてもらっているのに、それを世の中に還元することが少ないなあと感じることがあります。何か、目に見えて人のためになることができるんじゃないかと思ったんです。病院の子供たちには、地球には、彼らの見たことがないとんでもない環境があって、そこでいろんなことがわかるんだというワクワク感を伝えてあげたい」


それは、伝わった?

「伝わったかはわからないけど、『僕は病院にいたから、こんなすごい話を聞けた』と喜んでくれた子がいました」


金森くん、私は、勝手ながら、北大に属するすべての人を代表して、お礼を言いたいです。金森くんほど、北大の研究を目に見える形で人のために使ってくれた研究者は、そうそういないと思います。




氷を非常に薄く削って作ったスライドを偏光板を通してみると、結晶がカラフルに色分けされます。雪が押し固められて氷になるとき、押されるほどに結晶が大きくなっていくそうです。