3歳のお誕生日おめでとう

今日、10月1日でCoSTEPは開講3周年を迎えました。

昨日で、スタート時からのメンバー岡橋さんが退職され、
来月か再来月には、新しいスタッフを迎える予定です。

8人の専任教員のうち3人が入れ替わることになります。

この1年を振り返るとき、立ち上げからのスタッフが
3名いなくなったことが一番大きな変化でした。

新しく着任したスタッフがすぐに溶けこみ、
授業をパワーアップしてくれたことも
頼もしく感じています。

しかし、それでもなお、立ち上げからのメンバーが入れ替わることの
寂しさ、心細さをかみしめた1年でした。

前に進むことは、何かを失うことでもあります。



CoSTEPの立ち上げは、国が科学技術コミュニケーションを重要として、
その分野の人材育成にお金をかけることに決めたところに
端を発します。
この予算は、5年の時限付きです。
折り返し地点を過ぎました。


この間、科学技術コミュニケーションの人材育成や、科学技術政策の
予算に関わる重要な評価をする人たちの口から出た言葉
(私は聞いたわけではなく、読んだだけですが)は、
日本の科学技術コミュニケーションをどう捉えて何を評価しているのか、
わからないものでした。


「科学技術コミュニケーションによる利益は市民が享受するものだから、
その費用は市民が負担すべきだ」という趣旨の意見も何度も聞きました。


はたして、本当にそうなのでしょうか。
科学技術コミュニケーションのための負担は「市民」が一方的に負担させられるものなのか。


そりゃあ、広い意味では、誰もが市民です。日本国民すべてが「市民」です。
しかし、そういう意味ではなく、立場、コミュニティーで考えたとき、
科学技術コミュニケーションによって、利益を得るのは、まず第一に
科学者たちなのではないでしょうか。


そして、科学技術コミュニケーションは国全体に利益をもたらします。
利益をもたらす以前に、これがないことには、科学と市民をとりまく
社会に、解決しない課題が無視できないほどにたまり、科学をどう我々を
幸せにするものにしていったらよいか見えなくなるから、科学技術コミュニケーションが
必要だということになったのではないでしょうか。


今、科学技術コミュニケーションに関わる多くの人たちが、
3年、5年というビジョンを持って働ける環境にありません。
2009年3月、5年の時限付きで科学技術コミュニケーションの人材育成のために
投じられた予算は、打ち切りになります。
それと同時に、科学技術コミュニケーションという言葉も聞かれなくなるのでは
という不安すらあります。


その後、この分野を自分の使命として牽引していくところは、
どこになるのでしょうか。

予算を託された、早稲田、東大、北大は、どれだけ、自分たちの
責任を認識しているのでしょうか。


3歳の誕生日に、3歳の子供が考えるには、あまりにも大きな課題です。
人間の場合、子供が3歳の時、その子の未来は、
産み落とした親も一緒に考える責任があります。


文責:難波
*この文章は、CoSTEPを代表するものではありません。